translationcollective

March 31, 2011

からの声明:学生生活の終点について

Filed under: 日本語 — translationcollective @ 6:42 pm

Research & Destroy


序:ポンペイに抗する7人
ロマンチックなあどけなさ、鉄の冷笑主義、嘲笑、コミットメント。大学とそれが生み出す生が依存するのはこういった事柄である。それらは苦痛に耐え、世界の破局的終末をあと数年ばかり支えるわれわれの人的潜在能力をあてにしている。だが、その崩壊を早めればいいのではないか?大学は内側から腐りきっている。スタッフ、教師、学生の「人的資本」は、死者の町を防衛することないのと同様、大学を防衛することはない。

ロマンチックなあどけなさ、鉄の冷笑主義、嘲笑、コミットメント。こういった要求は引き渡されるべきではない。大学は、これらを道具として学ぶよう強制した。われわれは武器としてそれらを取り返す。大学は自身の再生産のためのもの言わぬ鈍重な道具としてわれわれを作り上げた。われわれ自身の生を作り出すために、大学は破壊されなければならない。可能性についてのロマンチックなあどけなさ。方法についての鉄の冷笑主義。大学のおかれた状況とその善良な意図についての屈辱的な嘘への嘲笑。完全なる変容へのコミットメント。それらは大学の、ではなくわれわれ自身の生についての事柄である。これは想像力の回帰の始まりである。われわれは再始動し、凍てついた歴史から、土に埋められた生命の炎のような帯状装飾からわれわれ自身を解放しなければならない。


われわれは自身の時間を、可能性を生きねばならない。それこそが大学の存在を正当化する唯一のものである。たとえそれが決して成し遂げられることがなかったにせよ。連中の側にあるのは、官僚主義、惰性、機能不全であり、われわれの側にはそれ以外の全てがある。

われわれは死に絶えた文明として生きている。豊かな生活というものを想像することはもはやできない。唯一の例外はわれわれの困惑のためにあらかじめ選択された一連のスペクタクルのみ。微かにきらめく幻想のメニュー。充実した生活およびわれわれ自身の想像力の双方とも、われわれの想像を超え、かつ到達不可能な大量の非人間的なイメージの一群によって体系的に取って代えられてきた。そのような成果を信じているものなどもはやいない。

大学以降の人生の真実とは、友人や異邦人との富をめぐる卑劣でケチ臭い競争である。下級管理職の地位を目指す奮闘は不安、怒り、そして増大する一方の搾取によって引き裂かれながら(運が良ければ)数年間続く。会社が倒産しわれわれが「B計画」をささやきあうまで。しかしながら、こういったことは今日の大学を的確に表す記述なのである。卑劣でケチ臭い生はすでに到来している。

ただ生き延びるために、破綻した約束と提供されている現実の間の分裂に対して多様な態度を身につけることを強制されている。これ以上何も望んでいないと自分に言い聞かせながら、教育それ自身に対するナイーヴでロマンチックなスタンスを取るものもいる。鉄の冷笑主義と嘲笑を携え、未来の風通しの悪い金庫内の最後の札束を目指し、ばかげたシャレードを通じて競争を続けるものもいる。信じるものとして振る舞い、他人を出し抜き、より多くの学位と借金を手にしてもっとハードに働きさえすればますます過酷になっていく労働はいつの日か必ず報われるはずだ、という古典的な信仰にコミットメントし続けるものもいる。

われわれの存在の真の素材である時間は消滅した。何時間もの日常生活。あらかじめ未来はわれわれから奪われ、負債への奉仕と隣人への物乞いへとささげられている。倦怠の賃貸料(rent)を稼ぎだすことになるかもしれないが、そうならない可能性の方が高い。77人の処女は現れない。グローバル・パワーとしてのアメリカ合衆国の断末魔の苦しみを視聴するためのプラズマ・モニターさえ到来しない。資本主義はついに真の宗教となった。そこにおいて、天国の金持ちたちはいたるところで約束されており、どこにも引き渡されはしない。唯一の違いは、粗野で残酷なあらゆる流儀は、終わることのないこの間の時間において積極的に奨励されている、ということである。われわれは死に絶えた文明として、ポンペイ最後の住人として生きている。

I.

その忠実な僕として振る舞ってきた社会同様、大学は破綻した。この破綻とは金融的なそれだけのことではない。より根本的な債務超過の指標である。政治的かつ経済的であり、長い時間をかけて発達中である。大学が何のためにあるのか、もはや誰も知らない。われわれはそれを直感する。文化的で教養のある市民を創出するという古いプロジェクトは消え去った。かつては存在した労働市場における学位取得者の特別な優位も消え去った。こういったことは今やファンタジーである。メンテナンスの滞った広間にしがみついている空虚な残留物である。

ばかげた建築、消滅した理想の亡霊、死んだ未来の展望。これらが大学に残っているものである。この中において、われわれのほとんどは不満の多い習慣と義務の集積にすぎない。ほとんど声に出されることのないルサンチマンによって支えられた、思慮を欠いた不易の服従のようなものを伴う試験と課題の進行をわれわれは経験する。興味深いものなどなにもない。それを感じさせるものなどなにもない。世界史上の災厄を示す見せ物は、それを映し出す窓同様に現実味を欠いている。

9.11に続く愛国主義のヒステリーに思春期を毒されたものたちにとって、公的な発言とは嘘の積み重ね以外の何物でもなく、公共な場とはものごとが爆発する場である(たとえそれが決して起きないにしても)。何かが起こって欲しい、という曖昧模糊とした欲望によって苦しめられたわれわれは、自分たち自身で何かを起こせるだろう、と想像することさえなく、インターネットののっぺりとした均質性によって救済された。そして一度も会ったことのない友人たちの中に避難場所を見出す。その余すところなき存在は一連の感嘆詞と馬鹿げたイメージであり、それが唯一開示するものは日用品のゴシップである。そして、安全と快適がモットーとなった。触発されたり感動に震えたりすることなく、血肉の通った世界を滑走する。あちらこちらで、われわれの空虚さの番犬を勤めた。

しかし、われわれの欠乏に対して心からの感謝の念を持っている。脱神話化は今や条件であり、プロジェクトではない。ついに大学生活はそれが常にそうであったものとして姿を現した。従順な製造者ならびに消費者製造マシーン。余暇でさえも職業訓練の一形式である。男子学生クラブハウスの白痴的な連中は、夜遅くまで事務所で働く弁護士の献身に恍惚を覚える。大麻をたしなみ、高校の授業をボイコットしたキッズは、今ではアンフェタミンをキメて仕事に取りかかる。ジムのウォーキングマシーンから学位工場に動力を送る。楕円形のサークルを、疲れを知ることなく走り続けるのだ。

アルカディアの象牙の塔として、牧歌的または怠惰なものとして大学を構想することにほとんど意味はない。「よく学びよく遊べ」はトレーニング中の世代にとっての熱心過ぎるモットーであり続けた。が、彼らは何に向けてトレーニングしているというのだ?カプチーノの泡にハートの形を描くこと?データベースへの名前と番号の接続?アメリカ資本主義のかすかに煌めくテクノ・フューチャーはとっくの昔に梱包され中国に売り飛ばされた。あと数年がらくたを借り入れるために。現在、大学の学位にはゼネラル・モーターズの株券並みの価値しかない。

われわれは、働き負債を背負うために働き負債を背負う。それに向けて働いている仕事はわれわれがすでに従事している仕事である。およそ3/4の学生は修学期間中に労働しており、その多くはフルタイムで働いている。多くのものにとって、学生である間に獲得するポストは卒業後に待っているものと同レベルである。その一方、われわれが手にするものは教育ではなく、借金である。われわれはすでに使ってしまったカネを稼ぐために働き、将来の労働は最悪の市場においてすでに売却済である。21世紀最初の5年間において、平均的な学生ローンの負債は20%増額した。80~100%が有色人種の学生向けである。学生ローンのボリュームは1977年から2003年の間におよそ800%上昇した。われわれが借り入れた授業が買うものは、残りの人生において月々の支払いを行う特権である。われわれが学ぶのはクレジットの舞踏術である。利率20%のチャージを提供されることなく、授業に出席することはできない。昨日の金融学専攻は、今日の人文科学専攻の荒涼とした未来とともに夏用の別荘を購入する。

これこそが、大学院以来そのためにわれわれが準備してきた見通しである。公認済みの特権を手にするためここに来たものたちは、授業料の集中砲火に、心理テストの砲列に、兵役義務に青春を明け渡す。均整の取れた志願書プロフィールに向けた、半分真実のシニカルな編集。牛追い棒のような親の忠告から逃げ出し、われわれ自身の破壊に着手することに不思議はない。他方、家庭の経済的ならびに社会的不利益を乗り越えるためにここに来たものたちは、われわれの内で「成功する」ものは一人として例外なく、その存在を認められるようになることを知っている。ここで支配しているのはゼロサムの論理である。とまれ、社会経済的地位は学業達成を計る最良の照準算定器であり続けている。人口学者に「移民」「マイノリティ」「有色人種」と呼ばれるものたちは、能力主義を信じるように教えられてきた。だが、われわれが憎悪されているのは、われわれの学業達成にもかかわらず、ではなく、まさに学業達成のためであることを知っている。出自の暴力からわれわれを解放することができるかもしれない回路は、いたるところで過去の悲惨を他者の現在において再生産するに過ぎない、ということもわれわれは知っている。

もし大学が第一にわれわれに教えることが、負債を抱える方法、労働力を浪費する方法、ささいな不安の餌食になる方法であるならば、それに関して教えられることとは消費者になる方法である。教育は他のすべてのこと同様、愛着を抱くことなく欲せられる商品である。それ自身がものであり、その購買者をものに変える。システムにおけるある人間の将来の地位、他者との関係は、まずカネによって、次いで服従の表明によって買われる。われわれはまず支払い、ついで「懸命に働く」。そしてここに破綻がある。命令を発するものであると同時に命令に従うものであり、消費者であると同時に消費されるものである。従属状態を強化する冷たいビルである、システムそのものに従うのである。教えを与えるものは、オートメーション化された通信システムによる尊敬をもって扱われる。ここで機能するのは消費者満足の論理のみである。この授業は簡単?先生はセクシー?どんなバカでもAを取ることができる?検索エンジンにかければすぐ呼び出せるのに、知識の獲得に意味はあるのか?インターネットの時代に誰が記憶を必要とする?思考の訓練?冗談はよしてくれ。精神的な備え?そのために抗鬱剤があるんだろう。

一方大学院生は、われわれの中でおそらくもっとも政治的に啓発されていると同時にもっとも従順である。そのために彼らが働いている「使命感」とは、網状組織から遠ざかるというファンタジー、または労働市場の外に出ること以外の何ものでもない。すべての院生はロビンソン・クルーゾー候補生であり、市場の要求から減じられた島嶼的経済を夢見ている。しかし、このファンタジー自体が市場への一貫した服従によって維持されているのである。もはや、昼間に資本主義批判の要約が教えられ、夜になるとジョブトークが洗練されることに、いささかの矛盾が感じられることもない。われらの歓びはわれらの労働。それこそがただ一つわれらの兆候を御しやすくする也。美学と政治は歴史に取って代わる代替イデオロギーの結果崩壊する。酔いどれ、美術、その他存在についての問題を扱うセミナー、書体の不変的な霞、どこかの誰かによって支払われた各ピクセル。それは私ではなく、ここではない。出現するあらゆるものは善きものであり、あらゆる善きものはクレジットによって達成可能であることが明らかとなる。

大学院とは端的に資本主義のロジックに適用された封建制度の消え行く名残である。スター教授の支配的高位からほとんどの場合低賃金のTAや非常勤講師が密集する位階まで。ここにおいてはある種修道院的なものが支配的であり、ベネディクト会修道士のあらゆるゴシック的儀式や、その不可欠な利他主義であるこの務めのための実に奇妙な神学的主張までそろっている。下々のものどもは師匠の弟子であることにすっかり満足しきっていて、簡単な計算すらできない。すべてのセメスターにおいてわれわれの9/10は4つの授業を担当することになり、われわれすべてがその選ばれた一人になれるというフィクションを支える残り1/10の給料の埋め合わせをすることになる、ということを。もちろん、スターになるのはこの私、大都市で終身雇用の教授職にありつき新たに再開発されたエリアに引っ越すのは、この私だ

われわれはマルクスのフォイエルバッハに関する第11テーゼを解釈することになる。「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけである。肝心なのはそれを変革することである。」最良の場合、われわれは批評のまさしく限界に届こうとし、そこで消滅する不死鳥のようなスキルを学ぶ。見たところ、根絶不可能な起源において再び始めるためだけに。このパフォーマンスの前半部にわれわれは感嘆する。それはわれわれの行く先を光で照らす。しかし、自滅的な思考のポイントを突破する道具、実践における蝶番をわれわれ求める。

批評の実践者は同時にもっとも冷笑主義の影響を受けやすい人物でもある。だが、もしも冷笑主義が熱狂の転化した形式に過ぎないのならば、欲求不満を抱える左翼の学者の下方にあるのは潜在的ラディカルである。肩をすくめ、まぬけな顔で、当惑に身をよじる。アメリカ合衆国が2003年から2006年の間に百万のイラク人を殺害したということ、銀行業界を食わせるためにアメリカのもっとも貧しい人々から最後の小銭が搾り取られるということ、海面は上昇し、数十億人が死ぬ羽目になり、われわれはそれに対して何もできないといったことを議論する時に。この当惑した姿勢は、現在の左翼思想においてそうであることすべきことの間で引きずり回されるように感じることに由来している。オルタナティブはない、と感じる一方別の世界は可能だとも感じるのだ。

われわれは不埒な真似はしない。こういった立場のジンテーゼはわれわれの真正面にある。別の世界は可能なのではない。それは不可欠である。「すべきこと」と「であること」は一つである。グローバル経済の崩壊は今ここにある。

II.

近代の大学は固有の歴史を持たない。その歴史とは資本の歴史であり、その本質的な機能とは資本と労働力の関係の再生産である。とある私企業が買われたり売られたりするわけではないが、その収入は投資家に支払われ、公立大学はそれでもなお可能な限り有効にこの機能を実行に移す。かつてなく、企業の形式に近づくこことによって。現在われわれが目撃しているのはこのプロセスの大詰めであり、それによって教育機関のファサードは企業的な合理化にすっかり道を譲ることになる。

第二次世界大戦後から1960年代後半まで続いた資本主義の黄金時代にあっても、リベラルな大学はすでに資本に従属していた。高等教育への公的支出が最高潮に達した1950年代においてすでに、「共産主義」を打ち負かし合衆国のヘゲモニーを支えるのに必要なスキルを備えたテクノクラートを生産するために大学は再設計されていた。冷戦期を通じたその役割は、自由民主主義の正当化および自由で平等な市民による想像上の社会の再生産であった。そもそも、誰も自由ではなく、平等でもなかったからである。

しかし、第二次世界大戦後に公立大学のこのイデオロギー機能に適切に資金が提供されていたとしても、1960年代にこういった状況は不可逆的に変ってしまったのだが、どれだけ社会民主主義者が踵を揃えて敬礼しようとも、戦後の経済成長期の死んだ世界を回復させることはないだろう。1965年から1980年の間に、まず合衆国で次いですべての先進工業国において、利率は下がり始めた。資本主義は、かつで可能であったようには、豊かな生活を支えられないことが明らかとなった。資本にとっては、豊かさは過剰生産として、労働からの解放は失業として現れる。1970年代初頭、資本主義は末期的景気後退に突入する。そこにおいて、常勤雇用職は臨時雇用契約に切り替えられ、労働者階級の賃金は停滞する。その間、トップにいるものたちは妖しげな金融魔術によって一時的に報酬を受けたが、それも維持不可能であることが証明された。

公共教育にとり、長期におよぶ景気停滞は、経済成長の低下とそれに悩まされた企業向け減税措置の優先に起因する税収の減少を意味する。公共財源の乗っ取りはまずカリフォルニアを襲い、次いで全国に広がった。1970年代のことである。それは、ビジネスサイクルの下降局面が訪れるたびに襲撃を続けている。市場に直接借りがあるわけではないもの、大学およびその原理は他の産業と同様にコストカットの論理の支配下にある。税収の減少のため労働の臨時雇用化は不可避である。教授の退官は終身雇用の道を開くのではなく、遥かに低い賃金で同様の仕事を行う不安定雇用のTA、助手、非常勤講師のポストを創出するのである。授業料の上昇はカットを補正し、学生がそのために支払って訓練を受けているような労働は消え去った。

長期におよぶであろう現在起きている危機のただ中において、左派の多くは公共教育の黄金時代への回帰を望んでいる。彼らは素朴に想像する。現在の危機は過去への回帰を要求する好機である、と。しかし、高利率と力強い経済成長に依存する社会プログラムは消え去ったのだ。資本主義社会において自律的な「公共教育」などありえない、という明らかな事実を無視して、取り返しのきかない地点において無益な横領を望むわけにはいかない。大学は資本主義の真の危機に従属している/その主体であり、資本はリベラルな教育プログラムを必要としない。大学の機能とはつねに、労働者階級の再生産であり、そのために変わりゆく資本のニーズに合わせて未来の労働者を訓練してきた。今日の大学の危機とは労働者階級の再生産の危機であり、資本がもはやわれわれを労働者として必要としない時代の危機なのである。われわれは、公共教育制度の回帰を呼びかけることによって、市場の要求から大学を解放することはできない。その上に制度が設計された資本の論理そのものの終点をわれわれは生きている。われわれが到達を望むことが可能な唯一のオートノミーは資本主義の向こう側に存在している。

われわれの闘争にとってこのことが意味するのは、過去に遡ることはできない、ということである。過去の学生闘争は消え去った世界の遺品である。1960年代には、戦後の経済成長がちょうどほぐれ始めたばかりであったため、大学の域内に収まっていたラディカルたちは別の世界が可能である、ことを理解していた。官僚的マネージメントにうんざりし、体制順応的な社会の鎖を断ち切ることを望み、豊かな時代には不必要であるとして疎外された労働を拒否し、学生たちは労働者階級のラディカルな部分と協力しようと試みた。しかし彼らのラディカル化の様式は、資本主義の経済論理への接続があまりに希薄であったため、協力関係が根を下ろすことはなかった。ベトナム戦争への抵抗は植民地戦争機械としての資本主義批判にとどまり、国内労働者の搾取については不十分であったため、学生たちは別の問題に直面していた労働者階級とは簡単に切り離されてしまった。戦後の経済成長の黄昏において、大学は現在の段階ほどは資本によって包摂されておらず、負債と労働市場の荒廃による学生のプロレタリア化はそこまで激しくなかった。

それゆえ、われわれの闘争は根本的に異なるのである。学生生活の貧困は終点であり、約束された出口は存在しない。1970年代の経済危機が1960年代の政治危機を打ち砕くために出現したのだとすれば、今日の経済危機が来るべき政治的蜂起に先行しているという事実は、われわれはついに過去の闘争の取り込みや中立化に取って代わることができるかもしれない、ということを意味する。正常な状態に後戻りする道はないのだ。

III.

われわれは大学の闘争をその限界まで押し進めたい。

われわれは大学の民営化およびその統治の権威的システムを糾弾するものの、構造改革を要求するわけではない。われわれが要求するのは自由で無償の大学ではなく、自由で無償の社会である。資本主義社会のただ中にある自由で無償の大学は、監獄の中の読書室のようなものである。それは日常生活の悲惨の気晴らしとして奉仕するのみである。代わりにわれわれは、持たざる学生と労働者の怒りを宣戦布告の方向へ向けることを望んでいる。

われわれは大学の機能妨害から始めなくてはならない。肉体と事物の正常な流れを中断し、労働と授業を停止に追い込まなくてはならない。われわれは封鎖し、占拠し、われわれのものを奪い返す。対話と相互理解を妨げるものとしてこのような妨害を見るのではなく、われわれが言わねばならないこと、われわれが理解される仕方、としてそれらを見る。これこそが、社会基盤において敵対利益を危機が暴露する際に、唯一意味のあるポジションである。団結への呼びかけはまったくもって空虚である。現状を支持するものとその破壊を求めるものの間に共通の地平などあるはずがない。

大学の闘争は、拒否と蜂起の新たなサイクルが始まる数多くのセクターの内の一つである。労働現場、地域、スラムなどとともに。われわれの未来はすべてつながっており、それゆえわれわれの運動は彼らに加わらねばならなくなり、大学を構成する壁に砲尾をつけ、ストリートに溢れでる。最近、ベイエリアの公立学校教師、BART従業員、および失業者はデモとストライキによって脅しをかけた。こういった運動はそれぞれ、危機における労働者階級への再活性化した資本主義側からの攻撃の異なる局面への応答である。分断されて見え、それぞれは些細なものとして現れ、近視眼的で、成功の見込みはなさそうだ。しかし、まとめて捉えれば、広範な拒否と抵抗の可能性をそれらは示唆している。われわれの務めは、共通の条件を明白にし、隠された地下水面のように、それぞれの闘争を養うことである。

近年、われわれはこういった蜂起の高まりを見てきた。教室から始まり、その外部へと広がり社会全体を包囲するにいたった反乱。ほんの二年前、理由なしで若者を解雇できる新しい法律と闘ったフランスの反CPE闘争は、路上に大人数を送り出した。高校生、大学生、教師、学生の親、一般の労働組合員、郊外の若い失業者。彼らはバリケードの同じ側にいた。(しかし、こういった連帯は大抵の場合脆弱である。郊外の移民の若者の暴動と、中心街の大学生は決して合流することはない。そして時には、二つのグループの間には緊張が生まれる。)フランスの学生が大学の幻想を通して目にしてきたものは、避難、啓蒙、承認の場であり、単に働くために訓練されてきたのだった。彼らは労働者として路上に出現し、不安定な未来に抗議した。彼らの立場は学校と仕事場の間の分割を引き裂き、ついで直ちに賃労働者と失業者の支援を引き出した。プロレタリアの拒否の大衆的意思表示において。

運動の発展に伴い、革命と修正の間の緊張の高まりが露となった。その形式は内実よりもラディカルである。学生リーダーのレトリックが単なる旧体制への回帰に焦点を合わせる間、若者の行動は新世代の幻滅と怒りの広がりを高らかに告げた。暴動。ひっくり返され火をつけられた車。道路と鉄道の封鎖。高校と大学を休校に追いやった占拠の波。しかし、こういったすべての事柄にも関わらずいったんCPE法が撤回されるや否や、運動はすぐに崩壊した。運動のもっともラディカルな部分が資本主義に抗する全体的反乱への拡大を望んでいた間、目立った支援を獲得することができず、デモ、占拠、封鎖は衰えやがて死滅した。結局、運動は修正主義の限界を超えることができなかったのである。

2008年12月のギリシア暴動は、こういった限界の多くを突破し、階級闘争の新たなサイクルの始まりを記した。警察によるアテネの若者の殺害への応答として学生によって始められ、数週間におよぶ暴動、略奪、大学や組合事務所やテレビ局の占拠から成る蜂起が続いた。金融および商業地区の全体が燃やされた。運動が数において欠いていたものは地理的な広がりによって埋め合わされ、都市から都市へと広がりギリシア全土を包むにいたった。フランス同様、これは若者の蜂起であった。彼らにとって、経済危機は未来の完全なる否定を表象している。主人公は学生、不安定労働者、移民であり、反CPE運動の脆弱な連帯を遥かに凌ぐ統一レベルに到達したのである。

このことは重要であるが、彼らはほとんど何の要求も掲げなかった。もちろん、デモ隊の中には警察システムの改革や政府の特定の政策を批判するものもいたが、一般的に言えるのは、彼らは政府、大学、仕事場、警察に対して何一つ望んでいない、ということである。それがより良い戦略であるから、ではなく端的に彼らはそういった機関が提供するものを何も望んでいないのである。ここに内実と形式の一致が生まれる。フランスのデモにおいて至る所で出現した楽天的なスローガンが、燃える車と割れたガラスのイメージと共に酩酊する一方、ギリシアにおいては暴動は、政治および経済システム全体の破壊に取りかかるための明白な手段であった。

結局のところ、蜂起を創造したダイナミクスは、その限界をも設けてしまったのだった。それを可能としたのは、都市部、とりわけアテネの旧市街エクサルキア地区における相当規模のラディカルなインフラの存在であった。スクウォット、バー、カフェ、ソーシャル・センター。学生や移民の若者が頻繁に訪れるそういった場が、蜂起を生み出す環境を形成していたのっだ。しかしながら、この環境は中年の賃労働者にとっては馴染みのないものであり、それゆえ彼はこの闘争を自分自身のものとして見ることはない。暴動を起こす若者たちに連帯を示すものたちは多かったものの、大人たちはこの暴動を子供たちの運動として理解した。つまり、労働市場への参入を望みながら正式にフルタイムで雇用されていないプロレタリアの一部の暴動として。学校や移民の多く住む郊外では激しかった蜂起は、仕事場に広がることはなかった。

現在の闘争におけるわれわれの任務は、形式と内実の間にある矛盾を明らかにし、修正主義者の要求を超える条件を作り出し、真にコミュニスト的な内実を実行に移すことである。組合と学生と大学スタッフが彼らのさまざまな「問題」を押し進めるのと平行して、われわれはまったく異なるものを求めているのだ、ということが明らかとなるまで緊張を高めなくてはならない。民主化と透明化への要求の矛盾を絶えず暴露しなくてはならない。物事がいかに我慢のならないものであるかを見る権利を獲得することや、われわれをぺてんにかける人物を選挙で選ぶことが善きことなのか?その非暴力の道徳的なマントラと問題を一点に設定するやり方とともに、学生運動の文化を打ち遣らねばならない。われわれが満足できる唯一の成功、それは資本主義的な生産様式の廃止であり、21世紀に約束された困窮と死の回避である。われわれの行動はすべて共有化(communization)に向けて押し進められなければならない。つまり、無償の贈与と受け取りの論理に基づく社会の再編成であり、賃労働、価値形成、強制労働、為替の即時廃止である。

われわれの闘争にとって占拠は重要な戦術であるが、それを修正主義的な方法で利用する傾向には抵抗する。一月に、ニューヨークのニュースクールの建物を学生が占拠した際、占拠という戦略の異なる利用法が明らかとなった。その多くが大学院生である友人間のグループは、学生センターの乗っ取りを決定し、そこを学生と一般向けに開放された空間とすることを要求した。すぐに他のものたちが合流したが、その多くは修正を勝ち取るためのてこ入れとしてこの行動を利用することを好んだ。とりわけ、学長の追放のために。占拠が続くにつれ、違いは沸騰点に達した。学生修正主義者たちが事務局から実際に譲歩を勝ち取った上で、建物を離れることに焦点を合わせたのに対し、他のものたちは要求を完全に遠ざけた。彼らが見出した占拠の意味とは、資本主義の時間と空間におけるはかない開始の創造であり、新たな社会の輪郭を描く再編としてである。われわれは、この反修正主義者たちの側に立つ。こういった自由ゾーンは部分的、一時的となるであろうことをわれわれは知っているが、それが暴露する現実と可能なものとの間の緊張は、闘争をよりラディカルな方向へと押し進めることが可能となるはずだ。

それが一般的なものとなるまで、われわれはこの戦術を採用する。2001年、最初期のアルゼンチンのピケテーロたちは、行われるべき人々の闘争の形を提案した。あちらからこちらへと移動する商品の流通を遮断する道路の封鎖。数ヶ月後この戦術は全国に広がったが、そこにはグループ間の正式な連携はなかったのだ。同様に、反復により、大学の内部と外部の双方で実現されうる抵抗の本能的かつ即座に行われる方法として占拠は設定されうる。昨年、合衆国においてわれわれは乗っ取りの新たな波を目にした。大学および仕事場の双方において。ニュースクールやNYU同様、工場閉鎖に対し乗っ取りによって闘ったシカゴのRepublic Windows Factoryの労働者。次はわれわれの番だ。

ゴールに到達するために、われわれの代理人を自任するグループを信頼することはできない。それが有用である場合は、組合や学生自治会と共闘することにやぶさかでないが、彼らの権威は認めない。われわれはわれわれ自身を直接代表して行動しなくてはならず、その際に調停の余地はない。仕事に戻れ、教室に戻れ、交渉しろ、和解しろ、とわれわれに呼びかけ、闘争に限界を設けようとするグループとは手を切らねばならない。フランスの場合もこうであった。抗議への呼びかけは、元々は高校および大学の団体およびいくつかの労働組合によってなされた。のちに、代表グループが平穏化を主張し、他のものは前へと突き進んだ。ギリシアにおいては、ストライキを停止し、自制を呼びかけることによって組合はその反革命的な性格を明らかにした。

代表者たちによって集められたものたちへのオルタナティブとして、われわれは学生と労働者に職業の境界を越えて組織するよう呼びかける。大学院生、TA、講師、教授、サービス労働者、スタッフが集まり、それぞれの状況を話し合うよう勧める。われわれがお互いに話し合い共通の利益を見出すほど、事務局がわれわれをやせ衰える資源をめぐる望みのない競争に駆り立て互いに闘わせることは難しくなる。最近のNYUとニュースクールの闘争は、こういった深い絆の不在によって苦しめられた。もし彼らから学ぶべきレッスンがあるとしたら、それは共通の敵を認めることに基づく緊密な連帯のネットワークを築かねばならない、ということである。こういったネットワークによって、回収や中立化に対する抵抗力を備えられるようになるばかりでなく、新たな集団的絆を築くことも可能となる。この絆こそが、われわれの闘争の真の基盤となる。

バリケードで会おう。

2009

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